
【月刊グラン】2021.OCT. NO331
【グランインタビュー】
相馬勇紀 疾走 より一部抜粋
―高校2年生から五輪出場を目標にしてきて、あきらめかけたことはありましたか?
ありました。単純に『世代別の代表の中に自分は入れるのかな』と思った時期もありましたし、特に大学2年から3年にかけての時期は、グロインペインというけがを抱えながらサッカーをしていたので、オリンピック出場というよりも『そもそもプロサッカー選手を目指せるのか』と悩んだこともあったので、挫折しそうな時はありましたね。
―それを乗り越えられた理由は?
やっぱり大学の仲間や両親が常に支えてくれたのが大きかったと思います。けがに関して言えば、大学4年の時に有田(才一郎)先生がフィジオセラピストとしてチームに就いてくれて、その先生が、出会ってすぐに僕のけがを治してくれたんですよ。その後、体を強く大きく、Jリーグで戦える体をつくってくれたので、それは大きかったのかなと思います。
―3年生の終わりというか、4年生になってすぐにグランパスの練習に参加していたと思いますが。
グロインペインは3年生のリーグ戦が終わるまでずっと痛みがありました。だから4年生になる年の1月が新チームの始動なんですけど、その時に相談したらすぐに治っちゃったっていう感じです。2年、3年の時は練習もやりたくなかったし、試合というかサッカー自体がストレスでした。それでもサッカーは好きだったし、でも痛すぎて、あの頃はすごくもがいていましたね。
―有田先生に助けてもらって、再びサッカーをする楽しさが戻ってきたという感じですか?
そうですね。僕はその経験があるので、痛みなくプレーできるという幸せを今でも忘れていないですし、本当にプレーできること自体が幸せだなと感じています。
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