サッカー選手に多いグロインペイン症候群(鼠径部痛症候群)とは?その原因と予防

サッカーやホッケーなど、急激な方向転換やキック動作が多いスポーツでは、鼠径部(脚の付け根)の痛みに悩まされる選手が少なくありません。この鼠径部の慢性的な痛みを総称して「グロインペイン症候群(鼠径部痛症候群)」と呼びます。実際、グロインペイン症候群により中田英寿や中村俊輔、古くは中山雅史といったトップサッカー選手も苦しんだことがあり、サッカー選手にとっては職業病とも言われるほど一般的な障害です。本記事では、サッカー選手にグロインペイン症候群が多発する理由について、発症メカニズム、サッカー特有の動作との関係、予防法、そして発生率などの疫学データを、プロ・アマ問わず選手に役立つ形で解説します。

発症メカニズム:鼠径部に何が起きているのか?

鼠径部痛症候群のメカニズムは、一言でいえば股関節周辺の筋肉や腱への過度なストレス(使いすぎ)による損傷です。鼠径部には体幹から骨盤・股関節につながる多くの筋肉が集まっており、特に腹筋群・腸腰筋など体幹の筋肉や、大腿四頭筋・内転筋群といった下肢の筋肉が恥骨周辺に付着しています。サッカーでは太ももの筋力が非常に強く発達するため、それら筋肉が付着する骨盤の部分に反復的あるいは瞬間的な強い引っ張りストレスがかかり、付着部の炎症や場合によっては骨の剥離(アボルジョン)すら引き起こします。こうした恥骨部への過度な負荷こそが鼠径部痛の主な原因であり、恥骨結合炎(恥骨の炎症)や内転筋腱の損傷、腸腰筋の機能不全、鼠径管(ソケイ管)周辺の障害、さらにはスポーツヘルニア(スポーツ性脱腸)など、複数の障害の総称としてこの症候群が位置付けられています。要するに特定の組織だけではなく鼠径部一帯の問題であり、医学用語で「症候群」と呼ばれるゆえんです。

 

もう少し踏み込むと、筋肉の柔軟性低下や筋力低下といった要因も発症メカニズムに関与します。スポーツによる使いすぎで股関節周囲や体幹の筋力・柔軟性が低下すると、筋肉や腱が損傷しやすくなると考えられています。実際、グロインペイン症候群は股関節周囲筋の過度なタイトネス(硬さ)体幹深層筋(インナーマッスル)の筋力低下による運動機能不全が根底にあるスポーツ障害だと指摘されています。例えば臀部(お尻)の筋肉が硬くてうまく使えないと、股関節が開きやすくなり、キックやターンの際に内転筋や恥骨部に過剰な負担がかかります。またハムストリング(太もも裏)やアキレス腱が硬く腰痛持ちの選手では、骨盤まわりの安定性が低下して鼠径部にストレスが集中しがちです。さらに練習のしすぎ(オーバーユース)もリスク要因となります。このように筋力のアンバランスや柔軟性不足過度なトレーニングなどが重なると骨盤周辺の機能不全を招き、結果的に鼠径部に痛みが生じやすくなるのです。

サッカー特有の動作と鼠径部痛の関係

サッカーはまさに鼠径部に負担をかける動きの多いスポーツです。その代表はやはりキック動作でしょう。ボールを強く蹴る際には股関節を大きく振りかぶり、瞬間的に内転筋などを最大収縮させます。また支え足側でも体をひねって踏ん張るため、左右両側の鼠径部に大きな力が加わります。このような鋭いキック動作や方向転換、全力疾走などを繰り返すサッカーでは、他のスポーツと比べても鼠径部痛が発生しやすいと報告されています。実際、グロインペイン症候群はラグビー、ホッケー、バスケットボール、長距離走など様々な競技で見られますが、中でもカッティング(素早い切り返し)やキック、ダッシュといった動きの頻繁なサッカーで発生頻度が群を抜いて高いことが明らかになっています。

 

サッカー特有の動作が鼠径部に与える影響をもう少し具体的に見てみます。例えばボールを蹴ると鼠径部が痛むというのはグロインペイン症候群の初期症状として典型的であり、全力疾走時にも痛みを訴えるケースが多く報告されています。これはキックやスプリント動作で股関節の筋肉に大きな負荷がかかるためです。また、急停止や急加速、素早い方向転換などでは股関節周辺の筋肉が一瞬で伸縮し、強いブレーキや推進力を生み出します。この高速度の加速・減速動作こそ、鼠径部を痛める最も一般的なメカニズムの一つです。筋肉は高速の動きの中で「収縮-弛緩-再収縮」といった素早い働きを強いられ、例えば全力ダッシュからのストップやキック動作でそれが起こります。もし筋力や協調性が不足していてこの急激な動きに対応できないと、筋組織は耐えきれずに損傷(ストレイン)を起こしてしまいます。実際に方向転換の一歩を踏み出した瞬間やシュートモーションで「鼠径部にピリッと鋭い痛みを感じた」というのが、典型的な内転筋の肉離れ発生時のエピソードです。以上のように、サッカーの**「蹴る・走る・止まる・ひねる」動作**は常に鼠径部に負荷をかけており、この積み重ねがオーバーユース(使いすぎ)による慢性的な痛みにつながります。

予防法:グロインペイン症候群を防ぐには

グロインペイン症候群は一度発症すると長引きやすく、慢性化すると競技を数ヶ月単位で休まざるを得なくなるケースもあります。したがって予防が何より重要です。以下に、ウォームアップから日々のトレーニングまで、選手が心がけるべき主な予防策をまとめます。

 

  • 十分なウォームアップ(準備運動): 運動前には必ず入念なウォーミングアップを行い、筋肉や関節をしっかり温めましょう。軽いジョギングや動的ストレッチなどで血流を促し、股関節周囲の筋肉を動かしておくことで、急な動作による筋肉・腱の損傷リスクを軽減できます。適切なウォームアップは筋肉を守り、ケガ予防の基本です。

  • バランスの取れた筋力トレーニング: 体幹から下肢にかけての筋力バランスを改善し、弱点を補強しましょう。特に内転筋群(太ももの内側)や下腹部、骨盤周囲の筋肉はグロインペイン症候群の予防鍵となります。体幹(腹筋・背筋)や臀部の筋力も含め、全体的に安定性を高めるトレーニングが有効です。実際、片足を台に乗せて行うシンプルな内転筋強化エクササイズ(コペンハゲンアドダクション)を週数回取り入れることで、サッカー選手の鼠径部痛発生率を約4割減らせたとの報告もあります。筋力がつけば、キックや急停止の際にも筋肉が十分な負荷に耐えられるようになります。

  • 股関節周りの柔軟性向上: 硬すぎる筋肉はケガのもとです。股関節の可動域を広げ、筋・腱へのストレスを減らすために、日頃からストレッチを習慣にしましょう。特に縮まりやすい内転筋群(内もも)や、拮抗筋であるお尻の筋肉(大殿筋)・ハムストリングス、そして腸腰筋や大腿直筋(前もも)といった股関節の屈伸に関わる筋肉をバランスよく伸ばすことが大切です。練習後や入浴後の静的ストレッチでは各部位15~30秒程度かけ、左右差なく柔軟性を維持するよう心がけてくださいz。柔軟性が高まれば、急な動きでも筋肉がしなやかに対応し、負荷を逃がせるようになります。

  • 適切なリカバリー(休養と負荷管理): オーバーユースを防ぐために、練習強度や頻度の管理も重要です。練習や試合が続く場合でも休息日を設け、鼠径部に違和感を覚えたら早めに対処しましょう。痛みが出始めたら無理してプレーを続けず、必要に応じてアイシングや軽いストレッチでケアしながら休むことが肝心です。トレーニング負荷は徐々に段階を踏んで上げるようにし、一気に過度な負荷をかけないようにします。また、練習後のクールダウンや栄養・睡眠などの身体の回復にも気を配り、筋肉の修復・適応を促すことが予防につながります。要は「休む時はしっかり休む」メリハリが大切です。こうした予防策を徹底することで、グロインペイン症候群のリスクを可能な限り下げることができます。

発生率と疫学データ:サッカーにおける鼠径部痛の実態

グロインペイン症候群(鼠径部痛症候群)は、多くのスポーツで見られる障害ですが、発生率はサッカーが突出して高いとされています。例えばある調査では、サッカーやラグビー、ホッケー、野球、バスケットボールなど切り返しやキック動作を伴う競技で鼠径部痛が頻発し、その中でもサッカーでの発生頻度が群を抜いていたと報告されています。特にサッカーは全傷害の中で鼠径部のケガが占める割合が非常に高く、男性サッカーでは全傷害の4~19%が鼠径部関連、女性サッカーでも2~14%が鼠径部関連だったとの分析もあります。これは他競技と比べても高い比率で、サッカーにおける鼠径部痛の多さを物語っています。

また、性別や年齢、レベルによる差も知られています。一般に男性選手の方が女性選手より鼠径部の障害リスクが高く、前述のように発生割合も男性の方が約2倍高い傾向があります。年齢では主に10代~30代の競技者に多く、特に成長期のジュニア世代や練習量の多い高校・大学年代で発症しやすいとされています。実際、中高生年代でも激しい部活でオーバーユースにより鼠径部痛を抱えるケースは少なくありません。一方、プロのトップリーグではその激しさゆえに毎シーズン全選手の約15~20%が鼠径部のケガで離脱するというデータもあり、まさに競技レベルが上がるほどリスクも高まります。もっとも、アマチュアであっても急に運動量を増やした場合やストレッチ不足の状態で激しいプレーをした場合には容易に発症し得るため注意が必要です。要は競技レベルに関係なく、サッカーというスポーツの特性上どうしても鼠径部には負担が集中しやすいということです。だからこそ、本記事で述べた予防策を日頃から実践し、自分の体をケアしていくことが大切です。

まとめ: サッカー選手に多発するグロインペイン症候群は、股関節まわりの筋肉や腱への過度な負荷に起因する鼠径部の痛みであり、その背景には解剖学的な要因(強力な内転筋群の付着ストレス)や柔軟性・筋力の問題が潜んでいます。サッカーのキック、ダッシュ、急な方向転換といった動作がこれを誘発しやすく、プロ・アマ問わず注意が必要です。しかし適切なウォームアップ、筋力バランスの強化、柔軟性の向上、オーバーユースの回避といった予防策によりリスクは大きく減らせます。実際に内転筋の強化プログラムで発生率が低下した例も示されており、日々のケアとトレーニングが何よりの対策となります。サッカーを長く楽しむためにも、自身の鼠径部の状態に気を配り、痛みの兆候があれば早めに対処・休養することを心掛けましょう。